法 悦12月号 903号
こ え 一年 赤木一夫
おかあちゃんが
きをつけてねといった
ぼくは
はい いってきますといった
おかあちゃんのこえが
ついてきた
がっこうまで
ついてきた
灰谷健次郎著 「子どもへの恋文」より
青色青光
日本国内の自死される方は、2003年に3万人を越えピークを迎えましたが、その後、2007年に制定された「自殺対策基本法」に基づき自治体・政府一丸となって、様々な施策が実施されてきました。
具体的には地域の実情に応じた取り組みが推進され、電話やSNSの活用など、
多様な相談経路が整備され、SOSを発信しやすい環境が作られてきました。
加えて保健・医療・福祉の連携強化や、地域における支え合い、経済状況の改善傾向などにより、全体として自死される方は減少しつつあります。
わけても重要な事は、自死は単に個人の問題ではなく、「予防可能な社会問題である」という認識が広まるよう、様々な啓発活動が行われてきた事です。
ただ自死者の全体数は減少傾向にあるものの、未成年の女性や子どもの自死が増加するなど、新たな課題も出てきました。
特に未来を託すべき子ども達が、生きづらさを抱え苦しんでいることは、看過すべきでない問題です。
諸行無常、全ては移り変わり続けます。今抱えている苦しみも、決して永遠に続くものではありませんし、いつの日か思い出として語る日が来る事も珍しくはありません。
また日の光は直接見る事は出来ませんが、曇り空の下の日の光はうっすらであったとしても、その光は確かに到り届いているように、何処にも光がないと嘆くより、微かであっても必ず光は有り、明けない夜は無いと、子ども達に伝えていく事が、人生の先輩としての務めではないでしょうか?
住職日々随想
内閣府で行っている各種国際比較調査で、日本の若者は他国の若者と比べて「自分自身に満足している」「自分には長所がある」と答える割合が少なく、いわゆる自尊感情が低い傾向にあると指摘されています。
ただこれは何も若者に限った事ではなく、日本社会全体を覆う「空気を読め」という、過度に周囲の意見に合わせることが優先され、個人の主張が抑制されやすい社会的雰囲気に、主な原因があると考えられます。
よく褒めて育てろなどと言われますが、目標を達成したときに承認され、褒められたという経験の積み重ねが、自己肯定感を高め、自尊感情を養ううえで重要であり、その中で育まれる「自分を愛する」「自分の価値を認める」事が心の健康に大切なものであると数多く語られています。
しかし仏教の観点から問い直すと、三つのまったく異なる視座が与えられます。
第一に「諸法無我」という教え、「私」という不変で独立した実体は存在しない、因縁によって固定された「私」という実体が存在するという誤解こそが、苦を生み出す根源的な原因であり、常に生じ常に変化し続けている、という真理です。
第二に自尊感情が低いというのは、「理想の自分」という幻想と、現実の自分とのギャップに苦しんでいる状態、仏教では、この「自己」への過度な執着や、先に述べた誤解こそが、苦を生み出す根源的な原因であると説きます。
他人と比較して「自分が優れているという「驕慢」、逆に劣っているという「卑下慢」、あんたも私も同じ、ちょぼちょぼやという「等慢」、そのいずれもが比較する心「慢心」という煩悩であると説きます。
「自分はダメだ」と感じるのは、この慢心にとらわれ、社会が作った相対的な物差しで自らを測り、それに達していないと判断しているからに他なりません。 この実態のない「物差し」から自由になり、身の事実をありのまま受け止める事が、解決の糸口なのです。
第三に慈悲ということ「慈」は楽を与え「悲」は苦を抜く実践で、それは他者に対してだけではなく、自分自身にも向けられるべきものです。
「自己肯定感」を無理やりにでも高めることに答えを求めるのではなく、むしろ自己へのとらわれを手放し、「ありのまま」の現実を受け入れる事こそが肝要、という姿勢が仏教の説く所なのです。
日本の若者の自尊感情の低さという問題は、突き詰めて考えれば、私たち人間が持つ根源的な「自我への執着」と「過剰な慢心」の表れなのかもしれません。
大切なのは「自分を好きにならなければならない」という新たな「べき」論にとらわれる事ではなく、むしろありのままの自分を、善し悪しの判断を加えずに受け入れる事、そして、苦しんでいる自分自身に「慈悲」の眼差しを向ける事です。
大人がまず、この仏教のみ教えに立ち返り、子供たちに「あなたはあなたのままで良いのだよ」という
安心感を与えられるような社会、家庭を築いていく事が、現代に生きる我々大人にとっての仏道修行と言えるのではないでしょうか?
真宗入門 ー剃髪ー
僧侶は髪を剃るものだと思っていましたが、浄土真宗の僧侶は髪を剃らなくてもよいようですね。何か理由があるのでしょうか?
・僧侶が剃髪する意味は、出家して仏門に入るとき修行のさまたげになる煩悩を断じるため、すべての飾りを捨て去るということからきています。
この姿は、お釈迦様が剃髪をして出家された姿に由来しており、以来、仏門に入るとき仏弟子となった証として、剃髪することが僧侶の姿とされてきました。 真宗大谷派では、僧侶となるときに受式する「得度式」において男性は剃髪をしますが、得度式のあとは必ず髪を剃るとは決まっていません。
一方、女性は髪を一つに束ねるだけで剃り落とす決まりはありません。
得度式受式後から僧侶としての歩みが始まりますが、浄土真宗では出家というかたちをとらず、社会生活を送る中で仏様の教えを聞いていきます。
そのようなことからも、特段剃髪の決まりはないのです。
法語の味わい ー法語カレンダー12月号よりー
不平こぼす この口から
南無阿弥陀仏が こぼれる
「娑婆(しゃば)の語源は、古代インド、サンスクリット語の「サハー」です。
意味は「耐え忍ぶ」で、お釈迦様はこの世を表す言葉として「サハー=娑婆」という言葉を選ばれました。 せっかくあまたある生き物の中で、生まれがたい人としての身を賜り生まれてきたのに、ご縁が無ければ何一つ思い通りにいかない、願い通りならない、そういう世界だとお示しくださいました。
つまり不平不満の姿が私自身の姿だと。不平不満の私に「無理ない 無理ない」と寄り添い「何も心配いらないからね。」と、阿弥陀様は私のいのち全体を包みとってくださいます。そのお慈悲が届いているにもかかわらず、不平をこぼしている私がいます。
「お念仏申さずばもったいない、なまんだぶつ なまんだぶつ ・・・」
坊守便り
ー死を通じつながるー
「兄を持ち運べるサイズに」という映画が11月末から公開されています。
この映画は家族の遺骨をめぐる遺族の物語です。
物語は急死した兄の知らせを受け、取り急ぎ駆けつけた妹の4日間ほどの出来事を描いています。
妹の他には兄の別れた妻、息子、娘がやって来ます。7年ぶりに親族が顔を合わせて亡き兄を見送ります。 納棺や通夜・葬儀の中でただ悲しみだけでなく、目の前の死を挟んで、クスッと笑ってしまうようなやり取りもありながら、滞りなく儀式が進んでいきます。
監督からのメッセージは、「誰かが死んだら、その人のことを思いながら、自分の生き方も考える。それが人の死であり、特に家族の場合はそうだと思う」と。 監督自身、幼少期に父の死を経験したが、失うだけでなく「生きる何かをもらった感覚が自分のなかにある」と、残された人間がどう生きるかを描いておられます。死を通してこそ教えられる事があると…。
十二月の行事
4 日(木)午前10時半〜 ピラティス
6 日(土)午後2時〜 祥月講・同朋の会聞法会
ご講師 光照寺住職 墨林 浩師
18日(木)午前10時半〜 ピラティス
31日(水)午後 11時半〜
歳暮勤行・除夜の鐘
一月の行事
15日(木)午前10時半〜 ピラティス
18日(日)正午〜 修正会 同朋の会新年会
25日(日)午後4時〜 創作浪曲「医師 中村哲」
趙 博・沢村道代
参加費 投げ銭
29日(木)午前10時半〜 ピラティス
寸 言
白にも 200種類あるんやで
アン・ミカ
2025年11月29日
2025年12月
posted by ansenji at 20:36| Comment(0)
| 法悦
2025年11月21日
2025年11月
法 悦11月号 902号
「国破れて山河あり。」
かつては抑止が破られ国が荒廃しても、
再建の礎は残っていました。
「国守りて山河なし。」
もし核による抑止が、歴史が証明する
ようにいつか破られて核戦争になれば、人類も地球も再生不能な惨禍に
見舞われます。
概念としての国家は守るが、国土も国民も復興不能な結末が有りうる
安全保障に、どんな意味があるのでしょう。
抑止力とは、武力の均衡のみを指すものではなく、ソフトパワーや
外交を含む広い概念であるはずです。
そして、仮に破れても人類が存続可能になるよう、抑止力から「核」
という要素を取り除かなければなりません。
2025年8月6日 80回目の原爆の日
湯崎英彦広島県知事のあいさつより 抜粋
青色青光
自民党の高市早苗総裁が、第104代内閣総理大臣に就任
されました。
初の所信表明演説では、物価高対策にも触れておられましたが、より
強調されたのは、世界に冠たる強国としての日本経済の再生をめざす
という事と、安全保障に関する前のめりな姿勢で、賛否様々ありますが、
基本的には安倍元首相の路線の継承を目指すものです。
そのような中でも興味深かったのは、聖徳太子の十七条憲法の最後の
「それ事はひとり断(さだ)むべからず。かならず衆(しゅう)とともに
論(あげつら)うべし…」を引用されたことでした。
十七条の憲法は、国のまつりごとを担う官僚の心構えを説かれたもの
ですが、ベースとなっているのは仏教の和の精神です。
そこには強国としての日本と言うよりも「粟散国(粟粒を散らした
ような小国)」と自らの国が小国であるという自覚に立ち、だからこそ
争いあうよりも、和の精神をもって、まず心を合わせること。
それこそが小さな国を支える道であると明らかにされたのです。
さらには「日出ずる国の天子」として中華皇帝とも対等の「小さく
とも精神的に独立した国」と、謙虚でありながら、独立自尊の理念も
併せ持って、大国意識よりも精神の豊かさを持つ国を目指しておられました。
過去様々な問題発言もあった新首相ですが、所信表明演説で示された
謙虚な心を忘れず、和の精神をもって、国家に先だって、より国民を重んずる
舵取りをして頂きたいことです。
住職日々随想
阿弥陀仏が法蔵菩薩として修行された時、師の仏である
世自在王仏のみ前において、四十八の誓願を建てられ、この願が成就し
なければ、私は仏にはならないと重ねて誓われました。
それから生まれ変わり死に変わり、兆歳永劫の無限のご修行の末、
願成就して阿弥陀仏となられた、と仏説無量寿経には説かれます。
この四十八の誓願全てに共通するのは、仏国土建立の誓いである
という事です。人類の歴史は国土建立、つまり「どの様な国を願うのか?」
国を作っては行き詰まり、また新たな国を作っては行き詰まり、それでも
国を作ることをあきらめる事が出来ずに繰り返す。
いつの時代も、人類は国を求めて、彷徨い続けてきたと言っても
過言では有りません。
今日、世界は自国ファースト、自国民ファーストのうねりの中、
国内外を問わず分断が進み、かつてなく緊張が高まっています。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻や、ハマスによる襲撃人質事件に
端を発する、イスラエルによるガザ地区での大量殺戮と、人為的に作られた
飢餓、その他にも至る所で紛争が勃発し、今に至っています。
一時停戦したとは言え、特にイスラエルによるガザ地区への執拗な攻撃は、
かつてナチスによるホロコーストを経験したユダヤ人国家が、何故同じ
ような人道犯罪を犯すのか、理解しがたいものがあります。
しかし、イスラエルの論理としては、二千年前にローマ帝国によって
追放され、その後ヨーロッパ各地に離散したユダヤ民族が、さまざまな迫害や
差別を受け、遂にはホロコーストを経験するに至った。
その原因は何か?それは国を失ったからに他ならないと。
第二次大戦後、建国を宣言したイスラエルが、アラブ人の居住地であった
パレスチナをアメリカの後ろ盾も得て、四度の中東戦争に勝利し、
アラブ人の居住地を奪い、現在も入植地を拡大し続けているのも、国を持ち、
圧倒的な武力を持たなければ、再び迫害を受けてしまうという極度の恐怖心
が有るからであり、それ故、世界中から非難されても不安の芽を根絶するのだ
、という強い国家的意志を持っているのです。
結局それぞれの国や民族が、他者に対する不信と恐怖から、現在の混沌とした
状況が生まれているのです。
だからこそ、阿弥陀仏が真実の国土を求められた。それは、ひとえに人間の
業とも言える、この迷いからの解放を願っての事なのです。
人類はまさに、選ばず嫌わず見捨てない弥陀の本願の国、浄土への道に
立たなければ救いはないのです。
真宗入門 ーお経って何でしょう?ー
お釈迦様の説法を聞いたお弟子がまとめられ、2500年の時を超えて
伝えられてきたものがお経です。インドの言葉でスートラといいます。
「スートラ」とは「糸」の意味で、それが中国に伝わり「経」という
漢字があてられました。
中国語で「経」はたて糸のことを示します。つまり「経」とは宗教や
学問を貫く教えや不変の真理、そしてそれを解いた書物なのです。
お経を亡き人をなぐさめる呪文のように思われている方も少なからず
おられます。
又お経は「短いより長いほうがいい」という方や逆に「あまり長すぎても」
という方もおられますが、お経はお釈迦様の言葉です。
真実に目覚めた人の言葉をいただき、自らの生き方を見つめ直し、
自らもまた真実に目覚めた人になることが願われているのです。
中国の善導大師はお経は自分を映し出す鏡であると教えてくださいます。
教え・心理に照らしてわが身のあり方を知るということです。
亡き人を偲びつつ、そのことをご縁として、心静かに仏様のみ教えに
出遇っていくことが、葬儀や法事の場でお経をあげる本当の意味なのです。
法語の味わい ー法語カレンダー11月号よりー
宗祖去りて 数世紀
今日も 帰命無量寿如来…
在りし日の 母が勤行(つとめ)の正信偈
我が耳底に 一生(ひとよ)ひびかん
歌人の吉野秀雄氏が亡き母を偲んでうたわれました。
お内仏に向かって手を合わせ、「帰命無量寿如来」とお勤めされる母の姿は、
氏にとってまさに日常の風景だったのでしょう。
氏は「歎異抄」によって宗祖に出遇われ、真宗のみ教えに深くうなずかれ
ましたが、氏を歎異抄に導いたのは、お勤めされるお母様の後ろ姿だった
のでしょう。
宗祖親鸞聖人ご往生から七六〇有余年、月日は遠く隔たってしまいましたが、
いま私に到り届いた「正信偈」は宗祖五〇歳の頃、常陸国笠間の郡、稲田の
草庵で筆を執られ、その後長く推敲を重ねられたものです。
お念仏申し、帰命無量寿如来と正信偈をお勤めすれば、いま眼前に
「念仏申せ、浄土往生の一筋道を往け」と、宗祖のおこころが立ち現れてくるのです。
坊守便り ー生野まつりに参加しましたー
第52回生野まつりの開会パレードに参加させて頂きました。
委員会の皆さんとユニフォームを合わせて垂れ幕を持ちプラカード
を掲げ、巽公園のグランドを一周歩きました。
開会式には区長をはじめ元区長、市会府会議員の方々も揃われ、
まつりを盛り上げておられました。
公園内には各種団体のテントも建ち並び、それぞれ所属団体の
啓発活動でにぎやかな一日です。
さらに午後には、生野区内の全ての地車も集合し、だんじり囃子で
賑やかなことでした。
もう7年目になりますが、私も生野区の人権啓発推進員をさせて
頂いております。
社会が複雑に変容する中、今まで経験することのなかった問題に出会い、
戸惑うことも多々あります。
悲しいことに、いじめや虐待、インターネット上の人権侵害、障害の
ある人や外国人、性的マイノリティーなどに対する偏見や差別が存在します。
生野区全体から、様々な方々が啓発活動に取り組んでおられ、微力ながら
私も活動に参加し、広報誌にその報告をさせて頂いております。
十一月の行事
2 日(日) 午後1時〜 おみがき清掃ご奉仕
6 日(木) 午前10時半〜 ピラティス
12日(水) 午後2時・夕方5時〜 報恩講
ご講師 泉大津 南冥寺住職 戸次公正師
20日(木) 午前10時半〜 ピラティス
十二月の行事
4 日(木)午前10時半〜 ピラティス
6 日(土)午後2時〜 祥月講・同朋の会聞法会
ご講師 光照寺住職 墨林 浩師
18日(木)午前10時半〜 ピラティス
31日(水)午後 11時半〜
歳暮勤行・除夜の鐘
寸言
往く言葉が 美しければ
還る言葉も また美しい
韓国のことわざ
「国破れて山河あり。」
かつては抑止が破られ国が荒廃しても、
再建の礎は残っていました。
「国守りて山河なし。」
もし核による抑止が、歴史が証明する
ようにいつか破られて核戦争になれば、人類も地球も再生不能な惨禍に
見舞われます。
概念としての国家は守るが、国土も国民も復興不能な結末が有りうる
安全保障に、どんな意味があるのでしょう。
抑止力とは、武力の均衡のみを指すものではなく、ソフトパワーや
外交を含む広い概念であるはずです。
そして、仮に破れても人類が存続可能になるよう、抑止力から「核」
という要素を取り除かなければなりません。
2025年8月6日 80回目の原爆の日
湯崎英彦広島県知事のあいさつより 抜粋
青色青光
自民党の高市早苗総裁が、第104代内閣総理大臣に就任
されました。
初の所信表明演説では、物価高対策にも触れておられましたが、より
強調されたのは、世界に冠たる強国としての日本経済の再生をめざす
という事と、安全保障に関する前のめりな姿勢で、賛否様々ありますが、
基本的には安倍元首相の路線の継承を目指すものです。
そのような中でも興味深かったのは、聖徳太子の十七条憲法の最後の
「それ事はひとり断(さだ)むべからず。かならず衆(しゅう)とともに
論(あげつら)うべし…」を引用されたことでした。
十七条の憲法は、国のまつりごとを担う官僚の心構えを説かれたもの
ですが、ベースとなっているのは仏教の和の精神です。
そこには強国としての日本と言うよりも「粟散国(粟粒を散らした
ような小国)」と自らの国が小国であるという自覚に立ち、だからこそ
争いあうよりも、和の精神をもって、まず心を合わせること。
それこそが小さな国を支える道であると明らかにされたのです。
さらには「日出ずる国の天子」として中華皇帝とも対等の「小さく
とも精神的に独立した国」と、謙虚でありながら、独立自尊の理念も
併せ持って、大国意識よりも精神の豊かさを持つ国を目指しておられました。
過去様々な問題発言もあった新首相ですが、所信表明演説で示された
謙虚な心を忘れず、和の精神をもって、国家に先だって、より国民を重んずる
舵取りをして頂きたいことです。
住職日々随想
阿弥陀仏が法蔵菩薩として修行された時、師の仏である
世自在王仏のみ前において、四十八の誓願を建てられ、この願が成就し
なければ、私は仏にはならないと重ねて誓われました。
それから生まれ変わり死に変わり、兆歳永劫の無限のご修行の末、
願成就して阿弥陀仏となられた、と仏説無量寿経には説かれます。
この四十八の誓願全てに共通するのは、仏国土建立の誓いである
という事です。人類の歴史は国土建立、つまり「どの様な国を願うのか?」
国を作っては行き詰まり、また新たな国を作っては行き詰まり、それでも
国を作ることをあきらめる事が出来ずに繰り返す。
いつの時代も、人類は国を求めて、彷徨い続けてきたと言っても
過言では有りません。
今日、世界は自国ファースト、自国民ファーストのうねりの中、
国内外を問わず分断が進み、かつてなく緊張が高まっています。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻や、ハマスによる襲撃人質事件に
端を発する、イスラエルによるガザ地区での大量殺戮と、人為的に作られた
飢餓、その他にも至る所で紛争が勃発し、今に至っています。
一時停戦したとは言え、特にイスラエルによるガザ地区への執拗な攻撃は、
かつてナチスによるホロコーストを経験したユダヤ人国家が、何故同じ
ような人道犯罪を犯すのか、理解しがたいものがあります。
しかし、イスラエルの論理としては、二千年前にローマ帝国によって
追放され、その後ヨーロッパ各地に離散したユダヤ民族が、さまざまな迫害や
差別を受け、遂にはホロコーストを経験するに至った。
その原因は何か?それは国を失ったからに他ならないと。
第二次大戦後、建国を宣言したイスラエルが、アラブ人の居住地であった
パレスチナをアメリカの後ろ盾も得て、四度の中東戦争に勝利し、
アラブ人の居住地を奪い、現在も入植地を拡大し続けているのも、国を持ち、
圧倒的な武力を持たなければ、再び迫害を受けてしまうという極度の恐怖心
が有るからであり、それ故、世界中から非難されても不安の芽を根絶するのだ
、という強い国家的意志を持っているのです。
結局それぞれの国や民族が、他者に対する不信と恐怖から、現在の混沌とした
状況が生まれているのです。
だからこそ、阿弥陀仏が真実の国土を求められた。それは、ひとえに人間の
業とも言える、この迷いからの解放を願っての事なのです。
人類はまさに、選ばず嫌わず見捨てない弥陀の本願の国、浄土への道に
立たなければ救いはないのです。
真宗入門 ーお経って何でしょう?ー
お釈迦様の説法を聞いたお弟子がまとめられ、2500年の時を超えて
伝えられてきたものがお経です。インドの言葉でスートラといいます。
「スートラ」とは「糸」の意味で、それが中国に伝わり「経」という
漢字があてられました。
中国語で「経」はたて糸のことを示します。つまり「経」とは宗教や
学問を貫く教えや不変の真理、そしてそれを解いた書物なのです。
お経を亡き人をなぐさめる呪文のように思われている方も少なからず
おられます。
又お経は「短いより長いほうがいい」という方や逆に「あまり長すぎても」
という方もおられますが、お経はお釈迦様の言葉です。
真実に目覚めた人の言葉をいただき、自らの生き方を見つめ直し、
自らもまた真実に目覚めた人になることが願われているのです。
中国の善導大師はお経は自分を映し出す鏡であると教えてくださいます。
教え・心理に照らしてわが身のあり方を知るということです。
亡き人を偲びつつ、そのことをご縁として、心静かに仏様のみ教えに
出遇っていくことが、葬儀や法事の場でお経をあげる本当の意味なのです。
法語の味わい ー法語カレンダー11月号よりー
宗祖去りて 数世紀
今日も 帰命無量寿如来…
在りし日の 母が勤行(つとめ)の正信偈
我が耳底に 一生(ひとよ)ひびかん
歌人の吉野秀雄氏が亡き母を偲んでうたわれました。
お内仏に向かって手を合わせ、「帰命無量寿如来」とお勤めされる母の姿は、
氏にとってまさに日常の風景だったのでしょう。
氏は「歎異抄」によって宗祖に出遇われ、真宗のみ教えに深くうなずかれ
ましたが、氏を歎異抄に導いたのは、お勤めされるお母様の後ろ姿だった
のでしょう。
宗祖親鸞聖人ご往生から七六〇有余年、月日は遠く隔たってしまいましたが、
いま私に到り届いた「正信偈」は宗祖五〇歳の頃、常陸国笠間の郡、稲田の
草庵で筆を執られ、その後長く推敲を重ねられたものです。
お念仏申し、帰命無量寿如来と正信偈をお勤めすれば、いま眼前に
「念仏申せ、浄土往生の一筋道を往け」と、宗祖のおこころが立ち現れてくるのです。
坊守便り ー生野まつりに参加しましたー
第52回生野まつりの開会パレードに参加させて頂きました。
委員会の皆さんとユニフォームを合わせて垂れ幕を持ちプラカード
を掲げ、巽公園のグランドを一周歩きました。
開会式には区長をはじめ元区長、市会府会議員の方々も揃われ、
まつりを盛り上げておられました。
公園内には各種団体のテントも建ち並び、それぞれ所属団体の
啓発活動でにぎやかな一日です。
さらに午後には、生野区内の全ての地車も集合し、だんじり囃子で
賑やかなことでした。
もう7年目になりますが、私も生野区の人権啓発推進員をさせて
頂いております。
社会が複雑に変容する中、今まで経験することのなかった問題に出会い、
戸惑うことも多々あります。
悲しいことに、いじめや虐待、インターネット上の人権侵害、障害の
ある人や外国人、性的マイノリティーなどに対する偏見や差別が存在します。
生野区全体から、様々な方々が啓発活動に取り組んでおられ、微力ながら
私も活動に参加し、広報誌にその報告をさせて頂いております。
十一月の行事
2 日(日) 午後1時〜 おみがき清掃ご奉仕
6 日(木) 午前10時半〜 ピラティス
12日(水) 午後2時・夕方5時〜 報恩講
ご講師 泉大津 南冥寺住職 戸次公正師
20日(木) 午前10時半〜 ピラティス
十二月の行事
4 日(木)午前10時半〜 ピラティス
6 日(土)午後2時〜 祥月講・同朋の会聞法会
ご講師 光照寺住職 墨林 浩師
18日(木)午前10時半〜 ピラティス
31日(水)午後 11時半〜
歳暮勤行・除夜の鐘
寸言
往く言葉が 美しければ
還る言葉も また美しい
韓国のことわざ
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| 法悦
2025年10月05日
2025年10月
法 悦 10月 901号
前(さき)に生まれん者は
後(のち)を導き
後(のち)に生まれん者は
前を訪(とぶら)え
連続無窮(れんぞくむぐう)にして
願わくは休止(くし)せざらしめんと欲す
無辺の生死海(しょうじかい)を
尽くさんがためのゆえなり
親鸞聖人 教行信証 化身土末巻
青色青光
おはようございます。こんにちは。さようなら…毎日交わす挨拶ですが、
挨拶にはいったいどういう意味があるのでしょう?
挨拶の本来の意味は仏教修行僧の問答「一挨一拶」からきています。
師匠と弟子が互いに「挨…おす」「拶…せまる」と、どれほど悟りに近づいたか、
確かめ問答し合うのですが、転じて相手の様子をうかがい、信頼や安心感を
醸成する現代の挨拶となりました。
医学博士・解剖学者の養老孟司氏は、幼い頃から挨拶がどうにも苦手だった
そうです。
自身なぜこんなに挨拶が苦手なんだろう、と疑問を持ち続けておられましたが
、四十歳を過ぎたある時、親族の葬儀からの帰り道、ホームで電車を待って
いると、孟司氏が五歳の時に亡くなった父親の記憶が、まざまざとよみがえった
そうです。
ある朝、病床の父親が、長年飼っていた文鳥を逃がしてやる様子を、不思
議な思いで眺めていたそうです。
そしてその夜、たたき起こされ父親の枕元に連れてこられた孟司少年に、
集まった親戚か家人の誰かから「お父さんに、さよならを言いなさい。」
と言われましたが、言葉に詰まる孟司少年に、父親はにっこり笑いかけ、直後に
血を吐いて亡くなったそうです。
ああ、この事があって「さようならを言わない事が父の死を止める事になる
んじゃないか」と、大切な人の死を受け止められない幼い思いが、挨拶を苦手に
していたのかと気づき、その場で泣き崩れたそうです。
この時初めて父親の死を受け止め、以後普通に挨拶出来るようになった
そうです。
住職日々随想
言葉は言霊(ことだま)、それぞれの言葉には、それぞれ一つのいのちが
宿っています。
普段何気なく使っている言葉にも、それぞれ由来が有り、そこに込められた
願いも有るのです。
「ご機嫌よう」の機嫌は、仏教の「機…衆生の心のありようや、そのはたらき
・嫌…嫌うという意味ではなく、機に応じた仏の教えとお働きという意味」から
きています。
つまり衆生の心の状態に応じる、仏の対機説法を表していましたが、転じて心の
ありようや体調を尋ね、相手の安寧を念ずる挨拶として「ご機嫌よう」となった
ものです。
また「もったいない」も漢字で書くとよくわかるのですが、「勿体無い…体、
つまり姿形は勿(なか)れども無ではない、そこにお陰さまといただける、見え
ざるお働きがある」という心が込められているのです。
今ひとつ「ありがとう」も漢字で書けば「有り難う…有ることが難い、
あり得ないこと」という意味があります。
まさに一期一会、滅多に無いご縁に遇わせて頂きました、という感謝の気持ちの
表現です。
その反対は「当たり前」という心ですが、そこを立場とすれば、親はいて
当たり前、住むところも有って当たり前、食事も出来て当たり前、などなど、
そこに謝念は無く、どれか一つでも満たされなければむしろ不満に思う、そんな
心根が生まれ育ってきます。
ずいぶん以前の事になりますが、富山の小学校で給食の時の「いただきます、
ごちそうさまでした」と子ども達に合掌して言わせる事は、特定の宗教の押し
つけではないのか、という一部保護者の声を受け、ホイッスルを合図にした、
という事が話題になり物議を醸した事がありました。
その後はそういった動きは広がりを見せず、個別の現場で対応するという
事に落ち着いたようです。
しかし、「いただきます」は、ひとつの料理となるまでの、様々なご苦労に
対する感謝、そしてなにより「食材」となるものは全ていのちあったもの、
それを奪い頂かなければ、この身を保ち育てる事の出来ない事実に対する畏怖の
念の表れなのです。
キリスト教の旧約聖書「創世記」には、人間は神から、この世の全てを
支配する権利が与えられていると説かれています。現代の神学では支配という
よりも、世界を守る管理責任者、という意味合いで捉えられているようですが、
それでも仏教の視点から見れば、そこに人間の持つ傲慢さが見て取れます。
仏教にご縁を頂いた者として、言霊を大切に、むしろ言葉を常に生かすように
心がけたい事です。
真宗入門 ーお念仏ー
ご法事の折りやお寺にお参りした折りなど、仏事の時はいつも「お念仏を
称えましょう」と言われます。お念仏について考えてみましょう。
お念仏を呪文のように思われている方もいるかもしれません。しかしお念仏は
呪文ではありません。
お念仏の本来の意味は文字どおり「仏を憶念する事」、そして「仏から念ぜら
れている」私だと知ることです。
善導大師や法然上人など、親鸞聖人が尊ばれた浄土教の祖師方は、ただ口に
「南無阿弥陀仏」と称える「称名念仏」こそが、阿弥陀仏があらゆる衆生
〈いのちあるすべて〉をもれなく救うために選ばれた唯一の行である、と
明らかにされました。
ですから私たちの口から出るお念仏は、私達の能力や善悪によらず、
すべてのものを救おうとする仏さまの大悲心の表れなのです。
法語の味わい
ー法語カレンダー10月号よりー
親鸞さまの お育てで
今年も集う 報恩講
浄土真宗にご縁を頂く私たちには、三人の親がおられます。生みの親・
育ての親・そしていのちの親です。
「どんなことがあっても、あなたのいのちを虚しく終わらせはしませんよ」と、
無上殊勝の願いを私にかけてくださった阿弥陀さまに遇わせるために、祖先の
方々は「親さま、親さま」と親しんでこられました。
このいのちの親、阿弥陀さまに遇わせるための、親鸞様九十年のご苦労
だったのです。
このお育てに遇えなければ、私の一生も虚しいものとなる事でしょう。
「ふれあるき」という仏教讃歌があります。
♪ 年に一度の報恩講に ハアよおまいり 花やんもこいや 雪子もこい
ちゅうたら おまいりまいりのふれあるき 甘酒できたよケンチャン炊けたよ
みんなみんな おまいりおまいり お正信偈となえて お説教聴聞
ハアよおまいりまいり ♪
報恩講は七百年受け継がれてきた大切なお勤めです。
坊守便り
大阪教区坊守会から広島平和学習に参加させていただき、原爆ドーム・
平和記念公園・平和記念資料館を回らせて頂きました。
第二次世界大戦末期、人類史上初めて使用された核兵器により被爆した
原爆ドームは、当時の姿のまま立ち続け、街の復興の際にも核兵器の惨禍を
伝えるものとして残されました。
現在、原爆慰霊碑、原爆の子など、平和の願いを込めた数々のモニュメント
を含め、平和記念公園として整備され、時代を超えて核兵器廃絶と、世界の
恒久平和の大切さを訴え続けています。
翌日は瀬戸内の大久野島に伺いました。かつてこの島を日本の科学兵器
製造拠点として、毒ガスの製造が行われていました。
戦時中は地図から消された島として、ほとんどの日本人には知られて
いませんでしたが、ここで作られた毒ガスは多くの人を苦しめました。
平和ボランティアの方からは、原爆を落とされた被害の歴史と共に、
毒ガスを使用した加害の歴史も共に心に刻んでください、とお話をいただきました。
十月の行事
2 日(木) 午前10時半〜 ピラティス
18日(土) 午後2時〜 祥月講・同朋の会聞法会
ご講師 唯コ寺住職 當麻円純師
30日(木) 午前10時半〜 ピラティス
十一月の行事
2 日(日) 午後1時〜 おみがき清掃ご奉仕
6 日(木) 午前10時半〜 ピラティス
12日(水) 午後2時・夕方5時〜 報恩講
ご講師 泉大津 南冥寺住職 戸次公正師
20日(木) 午前10時半〜 ピラティス
寸 言
情報の訂正は 可能だが
感情の修正は 難しい 荻上 チキ
前(さき)に生まれん者は
後(のち)を導き
後(のち)に生まれん者は
前を訪(とぶら)え
連続無窮(れんぞくむぐう)にして
願わくは休止(くし)せざらしめんと欲す
無辺の生死海(しょうじかい)を
尽くさんがためのゆえなり
親鸞聖人 教行信証 化身土末巻
青色青光
おはようございます。こんにちは。さようなら…毎日交わす挨拶ですが、
挨拶にはいったいどういう意味があるのでしょう?
挨拶の本来の意味は仏教修行僧の問答「一挨一拶」からきています。
師匠と弟子が互いに「挨…おす」「拶…せまる」と、どれほど悟りに近づいたか、
確かめ問答し合うのですが、転じて相手の様子をうかがい、信頼や安心感を
醸成する現代の挨拶となりました。
医学博士・解剖学者の養老孟司氏は、幼い頃から挨拶がどうにも苦手だった
そうです。
自身なぜこんなに挨拶が苦手なんだろう、と疑問を持ち続けておられましたが
、四十歳を過ぎたある時、親族の葬儀からの帰り道、ホームで電車を待って
いると、孟司氏が五歳の時に亡くなった父親の記憶が、まざまざとよみがえった
そうです。
ある朝、病床の父親が、長年飼っていた文鳥を逃がしてやる様子を、不思
議な思いで眺めていたそうです。
そしてその夜、たたき起こされ父親の枕元に連れてこられた孟司少年に、
集まった親戚か家人の誰かから「お父さんに、さよならを言いなさい。」
と言われましたが、言葉に詰まる孟司少年に、父親はにっこり笑いかけ、直後に
血を吐いて亡くなったそうです。
ああ、この事があって「さようならを言わない事が父の死を止める事になる
んじゃないか」と、大切な人の死を受け止められない幼い思いが、挨拶を苦手に
していたのかと気づき、その場で泣き崩れたそうです。
この時初めて父親の死を受け止め、以後普通に挨拶出来るようになった
そうです。
住職日々随想
言葉は言霊(ことだま)、それぞれの言葉には、それぞれ一つのいのちが
宿っています。
普段何気なく使っている言葉にも、それぞれ由来が有り、そこに込められた
願いも有るのです。
「ご機嫌よう」の機嫌は、仏教の「機…衆生の心のありようや、そのはたらき
・嫌…嫌うという意味ではなく、機に応じた仏の教えとお働きという意味」から
きています。
つまり衆生の心の状態に応じる、仏の対機説法を表していましたが、転じて心の
ありようや体調を尋ね、相手の安寧を念ずる挨拶として「ご機嫌よう」となった
ものです。
また「もったいない」も漢字で書くとよくわかるのですが、「勿体無い…体、
つまり姿形は勿(なか)れども無ではない、そこにお陰さまといただける、見え
ざるお働きがある」という心が込められているのです。
今ひとつ「ありがとう」も漢字で書けば「有り難う…有ることが難い、
あり得ないこと」という意味があります。
まさに一期一会、滅多に無いご縁に遇わせて頂きました、という感謝の気持ちの
表現です。
その反対は「当たり前」という心ですが、そこを立場とすれば、親はいて
当たり前、住むところも有って当たり前、食事も出来て当たり前、などなど、
そこに謝念は無く、どれか一つでも満たされなければむしろ不満に思う、そんな
心根が生まれ育ってきます。
ずいぶん以前の事になりますが、富山の小学校で給食の時の「いただきます、
ごちそうさまでした」と子ども達に合掌して言わせる事は、特定の宗教の押し
つけではないのか、という一部保護者の声を受け、ホイッスルを合図にした、
という事が話題になり物議を醸した事がありました。
その後はそういった動きは広がりを見せず、個別の現場で対応するという
事に落ち着いたようです。
しかし、「いただきます」は、ひとつの料理となるまでの、様々なご苦労に
対する感謝、そしてなにより「食材」となるものは全ていのちあったもの、
それを奪い頂かなければ、この身を保ち育てる事の出来ない事実に対する畏怖の
念の表れなのです。
キリスト教の旧約聖書「創世記」には、人間は神から、この世の全てを
支配する権利が与えられていると説かれています。現代の神学では支配という
よりも、世界を守る管理責任者、という意味合いで捉えられているようですが、
それでも仏教の視点から見れば、そこに人間の持つ傲慢さが見て取れます。
仏教にご縁を頂いた者として、言霊を大切に、むしろ言葉を常に生かすように
心がけたい事です。
真宗入門 ーお念仏ー
ご法事の折りやお寺にお参りした折りなど、仏事の時はいつも「お念仏を
称えましょう」と言われます。お念仏について考えてみましょう。
お念仏を呪文のように思われている方もいるかもしれません。しかしお念仏は
呪文ではありません。
お念仏の本来の意味は文字どおり「仏を憶念する事」、そして「仏から念ぜら
れている」私だと知ることです。
善導大師や法然上人など、親鸞聖人が尊ばれた浄土教の祖師方は、ただ口に
「南無阿弥陀仏」と称える「称名念仏」こそが、阿弥陀仏があらゆる衆生
〈いのちあるすべて〉をもれなく救うために選ばれた唯一の行である、と
明らかにされました。
ですから私たちの口から出るお念仏は、私達の能力や善悪によらず、
すべてのものを救おうとする仏さまの大悲心の表れなのです。
法語の味わい
ー法語カレンダー10月号よりー
親鸞さまの お育てで
今年も集う 報恩講
浄土真宗にご縁を頂く私たちには、三人の親がおられます。生みの親・
育ての親・そしていのちの親です。
「どんなことがあっても、あなたのいのちを虚しく終わらせはしませんよ」と、
無上殊勝の願いを私にかけてくださった阿弥陀さまに遇わせるために、祖先の
方々は「親さま、親さま」と親しんでこられました。
このいのちの親、阿弥陀さまに遇わせるための、親鸞様九十年のご苦労
だったのです。
このお育てに遇えなければ、私の一生も虚しいものとなる事でしょう。
「ふれあるき」という仏教讃歌があります。
♪ 年に一度の報恩講に ハアよおまいり 花やんもこいや 雪子もこい
ちゅうたら おまいりまいりのふれあるき 甘酒できたよケンチャン炊けたよ
みんなみんな おまいりおまいり お正信偈となえて お説教聴聞
ハアよおまいりまいり ♪
報恩講は七百年受け継がれてきた大切なお勤めです。
坊守便り
大阪教区坊守会から広島平和学習に参加させていただき、原爆ドーム・
平和記念公園・平和記念資料館を回らせて頂きました。
第二次世界大戦末期、人類史上初めて使用された核兵器により被爆した
原爆ドームは、当時の姿のまま立ち続け、街の復興の際にも核兵器の惨禍を
伝えるものとして残されました。
現在、原爆慰霊碑、原爆の子など、平和の願いを込めた数々のモニュメント
を含め、平和記念公園として整備され、時代を超えて核兵器廃絶と、世界の
恒久平和の大切さを訴え続けています。
翌日は瀬戸内の大久野島に伺いました。かつてこの島を日本の科学兵器
製造拠点として、毒ガスの製造が行われていました。
戦時中は地図から消された島として、ほとんどの日本人には知られて
いませんでしたが、ここで作られた毒ガスは多くの人を苦しめました。
平和ボランティアの方からは、原爆を落とされた被害の歴史と共に、
毒ガスを使用した加害の歴史も共に心に刻んでください、とお話をいただきました。
十月の行事
2 日(木) 午前10時半〜 ピラティス
18日(土) 午後2時〜 祥月講・同朋の会聞法会
ご講師 唯コ寺住職 當麻円純師
30日(木) 午前10時半〜 ピラティス
十一月の行事
2 日(日) 午後1時〜 おみがき清掃ご奉仕
6 日(木) 午前10時半〜 ピラティス
12日(水) 午後2時・夕方5時〜 報恩講
ご講師 泉大津 南冥寺住職 戸次公正師
20日(木) 午前10時半〜 ピラティス
寸 言
情報の訂正は 可能だが
感情の修正は 難しい 荻上 チキ
posted by ansenji at 00:26| Comment(0)
| 法悦