2017年05月26日

6月住職日々随想


ひとつの言葉で喧嘩して
ひとつの言葉で仲直り
ひとつの言葉はそれぞれに
ひとつの命を持っている

 古来より言葉は言霊と言って魂が宿ると言われておりました。特に漢字文化圏では、本名(諱=いみな)にはその人の魂がこもると信じられ、親か主君以外呼ぶことは忌避され、それ故、本名のほかに字(あざな)と言う、いわゆる愛称を持って呼び習わすことが普通にありました。
それほど昔の人々は言葉に対する敬いと、畏れの気持ちを持って用いようとしてきたのではないかと思います。
 ところが、近年ヘイトスピーチやネット上にあふれる様々の誹謗中傷など、言葉が非常に暴力的に、また粗雑に扱われるようになったと感じられます。国会等に於いても、およそ誰が聞いても、不誠実な答弁が平気でなされたりして、「上乱るれば下なお乱る」のことわざ通り、およそ手本にする事の出来ないところです。
 そういった問題に、昨年の大統領選挙によって分断されたアメリカでは、「ファクトチェック」という、発言の真偽の検証が行われるようになってきて、十分とはとても言えませんが、やや言葉が抑制的に使われるようになってきたように見受けられます。
 かたや我が国でも、2013年には、鶴橋駅前に於いて「殺せ殺せ朝鮮人!」のシュプレヒコールや、中二の少女による「鶴橋の在日朝鮮人大虐殺しますよ!」の絶叫スピーチなど、低年齢層にまで広がる動きに、深く憂慮せざるを得ない、極端な事例も発生いたしました。
在日の方々は、きっと言い知れぬ恐怖と憤りを覚えられたに相違ありません。
 昨年のヘイトスピーチ対策法の施行からちょうど1年となる今、憎悪に満ちた人を傷つける発言や行動は減ってきたのでしょうか?
 この法律はいわゆる理念法であって罰則規定は設けられてはおりません。しかし、現場の自治体において、様々な条例との組み合わせ、例えばヘイトスピーチやヘイトデモを行う目的などが明確な場合、公園や公民館などの公共施設の使用を許可しなかったりするという形で未然に防止するなど、ある程度の実効性は認められるところです。なにより人々の心に、他人を傷付ける事に対する自省と嫌悪が芽生えることが期待されます。
言葉によって傷つくのも人間なら、言葉によって癒やされるのも人間、言葉は誰かを傷つけるためではなく、心を結ぶためにこそ有るのです。ことに真実の言葉「南無阿弥陀仏」こそは一切衆生を摂取して捨てじと誓われた、阿弥陀仏の大悲の永遠の呼びかけ、耳を澄まし聞き取って、随順してまいりたいものです。

六月の行事
13日(火)午後2時 門徒女性門法の集い
浄土和讃25
14日(水)午前10時半 ピラティス

16日(金)午後2時  仏教コーラスの会

17日(土)午後4時 祥月講同朋の会聞法会
           専光寺 島 洸陽師

25日(日)午前11時半 女性会総会
            オカリナコンサート
29日(木)午後2時  仏教民謡踊りの会

七月の行事

2 日(日)午後2時 ゆかた講習会

5 日(水)午前10時半 ピラティス

8 日(土)午後4時 祥月講同朋の会聞法会

21日(金)午後2時 仏教コーラスの会

27日(木)午後2時 仏教民謡踊りの会
 
*どなた様もお気軽に、本堂内冷房完備、全てイス席です。
posted by ansenji at 10:58| Comment(0) | 住職日々随想