2017年12月24日

住職日々随想

2018年 1月 
 年の瀬には、1年を振り返り、反省とともに、新しい年に向けての思いを深くいたします。
 そのような中、昨年とても気になりましたのは、モラルハザード(この国のモラル遵守精神の危機的な劣化)と言うことです。
 魯迅の随感録に「暴君の臣民らは、ひたすら暴政が他人の頭上に振るわれることを願い、自らはそれを見物してよろこび、”残酷”を娯楽とし、”他人の苦しみ”を賞玩物とし、慰安する。」と、本来の意味での個人の自立がなければ、ひとは不寛容になり、他者の苦しみに対するいたわりの心も失い、挙句には残虐さをむき出しにするようになる。
当然そこには真の連帯などあり得ないと述べています。
 米国でのトランプ政権の誕生、テロ等準備罪(共謀罪)処罰法の成立、森友・加計学園疑惑などなど、そこで展開されているのは、剥き出しの国家エゴと、あからさまな虚偽をも押し通す、理不尽な権力者達の醜態です。
だからなのか、本来そうだったのか、議論の分かれるところではありますが、神戸製鋼を始め、日本の戦後の発展を牽引してきた、名だたる大企業の不正も、次々と明らかにされました。
朝鮮人民共和国(北朝鮮)の核ミサイルの脅威とも相まって、この国は、世界は大丈夫なのか、と不安が募ります。
本来社会は相互信頼の原則によって成り立っています。
通貨も国に対する信頼があってこそ、その価値を維持していますが、その根幹である信頼が揺らげば、経済そのものが破綻することすらあり得るのです。
ましてや、国家間の信頼関係も、ネットをはじめとする、様々なメディアを通じてなされる、一部の煽情的なポピュリストの言動などにより、容易に瓦解する危険性を秘めています。
こういった危機を回避する為に、何が必要かと問われれば、まず一人一人の国民の自覚的覚醒が肝要が考えられます。
 仏教は自分として執着すべきものなどは何ものも無く、そこにあるのは相互の関係性(縁)しかないのだと考えます。
 まさに縁こそが、ひとを成り立たしめる大地であり、その結び目の中で刻々と変化し続ける主体、それこそが自分なのだ、と自覚するところに、はじめて柔軟でまっとうな判断を下していく、広やかな視界が生まれるのです。
今、この危機的な世界状況を、真に切り開いていけるものは、仏教の智慧に他ならないと思いを新たにするところです。

 今年も宜しくお願い申し上げます。

一月の行事

10日(水)午前10時半 ピラティス

11日(木)午後2時〜  仏教民謡踊りの会

12日(金)午後2時〜  仏教コーラスの会 
21日(日)正  午〜  安泉寺新年互礼会 

二月の行事

13日(火)午後2時〜 門徒女性聞法の集い
  浄土和讃28 
14日(水)午前10時半 ピラティス

17日(土)午後4時〜  祥月講同朋の会
   講師未定

22日(木)午後2時〜  仏教民謡踊りの会

16日(金)午後2時〜  仏教コーラスの会

*一月の門徒女性聞法の集いはお休みです。

*本堂内すべて椅子席、床暖房完備、どなた様もお気軽に。
posted by ansenji at 23:01| Comment(0) | なんでも質問箱