2017年05月06日

5月住職日々随想

住職日々随想

  不 運
                宇野 正一
 生きるのぞみがありません
 私たちは 死にます
 ごめんなさい お母さん と
 ふたりの少女が鉄道自殺をした
        (はつ秋の日に) 
 それは 彼女たちが 十七歳の
 今日まで
 人身受け難し と
 一言の ただひとことの
 であいがなかった 
 不運であった
    
過去十年以上三万人を超えていた一年間の自死者は、経済の持ち直しや、様々な自死対策などの効果もあり、2.003年の34.427人をピークに、昨年は21.894人まで減少した、と厚生労働省より発表されました。
 もちろん一人の自死者も出さない方が望ましい事は言うまでも有りませんが、遺された方々の悲しみと、行き場のないやり切れなさを思いますと、この傾向が続いてくれることを祈らずには居られません。
 ところがそんな中にありながらも、まことに残念な事に、子どもの自死者は、あいもかわらず年間300人前後で推移しています。
未来ある子ども達が、生きる希望を失ってしまう事は、何とも痛ましい限りで、私たち大人の責任は重いと言わざるを得ません。
仏教の願いとするところは、何よりも、この生き難い人生を、生き抜く勇気を賜わることに他ならないと思います。
数多ある衆生の中、人間と生まれることは、ただ事でない、まさに「人身受け難し」万に一つの奇跡にも等しい事と教えられます。
だからと言って、楽で楽しくての当然か、と問われれば、否と答えざるを得ません。
 じつに「生きることは苦である。」これは仏陀が最初に明かされた真理で、楽をしようとすればするほど思い叶わず、苦は一層深まります。しかし、かけ続けられた深い願いと、誰にも代わってもらうことの出来ない、この身の尊さに目覚め、わが身を深く信ずる信を賜る時、我れひと共に生きる道は、必ず開かれてくるのです。
 作家、五木寛之さんは『大河の一滴』の中で、「私たちは、人生は明るく楽しいものだと最初から思い込んでいる。それを用意してくれるのが社会だと考えている。しかし、それはちがう。
シェークスピアの『リア王』の登場人物がつぶやくように、『人は泣きながら生まれてくるのだ。』と述べておられます。
 まさに、全ての人に、ありのままの身の事実への目覚めが求められているのです。

五月の行事

9 日(火)午後2時 門徒女性聞法の集い
  浄土和讃24
10日(水)午前10時半 ピラティス

20日(土)午前10時 大阪教区同朋大会

25日(木)午後2時  仏教民謡踊りの会

26日(月)午後2時  仏教コーラスの会

*第3土曜日の祥月講同朋の会は、教区同朋大会参加に振り替えになります。

六月の行事
13日(火)午後2時 門徒女性門法の集い
浄土和讃25
14日(水)午前10時半 ピラティス

16日(金)午後2時  仏教コーラスの会

17日(土)午後4時 祥月講同朋の会聞法会
           専光寺 島 洸陽師
29日(木)午後2時  仏教民謡踊りの会


*どなた様もお気軽に、
 本堂内全てイス席です
posted by ansenji at 16:24| Comment(0) | 住職日々随想
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