2022年07月02日

2022年7月

 法 悦 7月号 862号


 鮎は

 瀬に住む

 小鳥は森に

 わたしゃ

 六字の

 うちに住む

    六連島のお軽同行 


青色青光
 大乗仏教の実践行である六波羅蜜の第一に「布施行」が説かれますが
「施者・受者・施物にとらわれない」三輪清浄の心で施しをなす「財施」
の他に、「無財の七施…身施・心施・眼施・和顔施・床座施・房舎施」
があります。
 分けてもひとに居場所を施す床座施・房舎施は、現代人にとって最も
必要なものではないでしょうか。  
 連日の報道に見られますように、ロシアのプーチン政権による、
ウクライナ侵略が止まない中、かつて人々の日常生活を育んだ町が、
見るも無惨ながれきの山となり、住民が住み慣れた町を追われ、
居場所を奪われる姿に、憤りを禁じ得ません。
 しかしよくよく考えてみますと、それは戦災に会っておられる方々だけ
のことではなく、「私は、貴方は、ここに居ていいんだ」と思える居場所、
老いも若きも男も女も、誰も排除されない社会をこそ求めずにはいられない、
それはまさに魂の願いなのです。
 上記の詩は念仏子守歌として、五木の子守歌の節をつけて歌い継がれてきた
もので、今を生きるものだけではなく、先だってお浄土の諸仏となられた
懐かしいあの人この人、そんな方々とも出会える場が、私の称える
南無阿弥陀仏の念仏の中に開かれてある、と詠っています。

住職日々随想 ティク・ナット・ハンを偲んで
 もしもあなたが詩人なら、この紙のうえに雲が浮かんでいるのが、はっきり
見えることでしょう。雲がなければ雨は降りません。雨が降らなければ、
木は育ちません。
そして木がなければ紙はできないのですから、この紙がこうしてここにある
ために、雲はなくてはならないものなのです。もしここに雲がなかったなら、
ここにこの紙は存在しません。
 この紙をもっと深く見ていたら、この紙のなかに太陽の光も見えてきます。
太陽がなければ森は育ちません。実際、太陽がなければ、何も生きてゆく
ことができません。それで太陽もまた、この一枚の紙のなかに存在している
ことがわかるのです。
 もっと深く見つめてみると、木こりが見えてきませんか。木こりが木を
切って製紙工場に運び、紙がつくられます。
そのうちに小麦も見えてくるでしょう。
木こりは日々のパンがなければ生きられないので、木こりの食べるパンになる
小麦も、またこの紙のなかにあるわけです。
 それから木こりの両親も見えてきますね。このようにどんどん深く見て
ゆけば、数えきれないほどたくさんのものがあってはじめて、ここに一枚の
紙が存在するということに気づくでしょう。
 もう少しこの紙を見ていると、私たち自身もこの紙のなかに見えてきます。
ここに自分を見つけるのは、そうむずかしいことではありません。
だから、あなたのこころも、私のこころも、ここに参加しているのです。
この一枚の紙のなかには、あらゆるものが入っているのです。
ここにないものをひとつでも捜すことはできません。
時間、空間、地球、雨、土壌のなかの鉱物、太陽の光、雲、川、熱etc.
すべてのものが、この一枚の紙のなかに共存しているのです。
「ここにある」とは「ともにある」ことです。
私たちが、あるいは、何かのものが、ただ自分だけで存在するということは
ありえないのです。
 いま挙げたなかの何かひとつでも、もとに戻してみたらどうなるでしょうか。
太陽の光を太陽に返してみましょう。
そうしたら、この一枚の紙は存在するでしょうか。いいえ、太陽の光がなければ
何ものもありえません。そして、木こりを母親に戻してみても、この一枚の紙は
ここには存在しなくなります。
 要するに、この一枚の紙は紙以外のあらゆるものからできているのです。
もし紙以外のすべてのものを、もとのところに戻してしまったら、紙は存在しません。
ここにあるのはこんなに薄い一枚の紙切れなのに、このなかには宇宙に存在する
ものすべてが含まれ、共存しているのです。
                         『微笑みを生きる』より
 前記の文章は今年の一月に亡くなった、ベトナム出身の禅僧で、ダライ・ラマ
14世と並び称される、世界的平和運動家でもあったティック・ナット・ハンの
代表作の抜粋で、かくも詩的且つ的確に、華厳経の説く「一即多・多即一」の
縁起の思想を表したものは、ちょと他には見当たりません。
 今回のロシアによる蛮行により、世界中にもたらされた食糧危機など、
さまざまな悪影響を見るにつけ、まさに世界はすべてつながっている、争いは
右手と左手が傷つけ合う様なものである、という事実が露わになりました。
 師はベトナム戦争のとき、ただ平和を祈るだけでなく、双方の前線に趣き、
仏教の視点から和平を説き続けました。
彼の僧侶仲間の内には「焼身供養」と称し、自身ガソリンをかぶって火を放ち、
双方に和解を求める、そんな行動をした方も少なからずおられました。
 戦災孤児たちの社会支援や、戦死者の遺体回収事業などを行い、1966年
渡米後、ベトナム仏教徒の代表として、ベトナム戦争終結の和平提案を行う
など、その活動が広く認められ、1967年度のノーベル平和賞の候補にも
なりました。
 そのような師の活動は、社会参加し行動する仏教
「エンゲージド・ブディズム」として、その後の仏教界に大きな影響を与え
続けました。

坊守便り ー女性のつどいー  
 「女性のつどい」を開催する事が出来ました。お寺には女性部があり、
お斎作り、仏教コーラス、仏教民謡踊り着付け教室、ピラティス教室
などを行っており、先のご遠忌でもご参加下さり、さまざまお手伝いして
下さいました。
 定例会はなかなか参加できないが、年に何回かであれば参加しますと
言う方々を含め、今回のオカリナコンサートには32名ご参加下さいました。
 これまでのご講師は、アフガニスタンで井戸掘りをされた書房の店主、
大人の紙芝居屋さん、など来て頂きましたが、今回は、オカリナ奏者の方に
お越し頂きました。あたたかい音色の素晴らしい演奏と、楽しい
おしゃべりでした。
 コロナ禍で交流会が出来なくなり、久ぶりの事で、皆様、満面に笑顔の
あふれるひと時でした。
 はじめのご挨拶は本田豊子部長、司会進行には三木ふみこ副部長、最後の
ご挨拶は稲垣洋子副部長でした。
又、お楽しみビンゴ大会は民謡踊りの会、ピラティスの会の方々がして
くださいました。
 コンサートの十日前に、民謡踊り指導の豊原朱加子先生が、お浄土に帰られ、
皆さんと本堂でお見送りさせて頂きました。新年会では一人舞を披露され、
私たちには惜しみなく、丁寧にご指導下さいました。踊りに情熱を傾けられた
お姿が、さみしさと共に偲ばれることです。

七月の行事
7 日(木)午前10時半〜ピラティス

9 日(土)午後2時〜祥月講・同朋の会聞法会
          ご法話 住職
28日(木)午前10時半〜ピラティス 
      
八月の行事
4 日(木)午前10時半〜ピラティス

7 日(日)午後1時〜 おみがき・清掃ご奉仕

 ー盂蘭盆会法要ー
14日(日)午後1時・午後3時・夕方7時半
15日(月)午前10時・午後1時 (計五座)

 *詳細につきましては後日ご連絡申し上げます。

25日(木)午前10時半〜ピラティス

*感染予防には十分配慮し、各行事を行ってまいりますが、感染が
さらに拡大した場合、変更もしくは中止する場合がございます。
posted by ansenji at 00:50| Comment(0) | 法悦
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