2021年08月01日

2021年8月

法 悦 8月号 851号

ナチスが共産主義者を攻撃し始めた

とき、私は声をあげなかった。

なぜなら私は共産主義者ではなかったから。

次に社会民主主義者が投獄されたとき、

私はやはり抗議しなかった。

なぜなら私は社会民主主義者ではなかったから。

労働組合員たちが攻撃されたときも、

私は沈黙していた。

だって労働組合員ではなかったから。

そして、彼らが私を攻撃したとき、

私のために声をあげる人は一人もいなかった。

   ドイツ人牧師マルティン・ニーメラー

青色青光  
 私たち日本人にとって、暑さ厳しい
夏は、沖縄の地上戦や二度の原爆投下、そして敗戦
に至る悲惨な歴史から学び、次世代に語り継いでいく大切な節目
でもあります。
 残念ながら今現在も、世界各地で紛争や人権弾圧は、
止むこと無く繰り返されています。
 とは言え、それは決してよそ事などではなく、私たちの
日常にも差別事件やヘイトスピーチなど、姿形を変え、
様々な人権問題が吹き出しています。
 ポーランド国立アウシュビッツ・ミュージアム
唯一の日本人公式ガイド、中谷剛氏は「ホロコーストは
ヒトラー一人が起こしたものではなく、街角のヘイトスピーチ
からジェノサイドはすでに始まっていた。
日本はヘイトスピーチとジェノサイドのどの位置に
立っているのか、改めて考えて欲しい。」と警鐘を鳴らしておられます。
 浄土真宗の先学、清沢満之は「自己とは何ぞや、これ人生の
根本的問題なり」と喝破されましたが、それは又、自身が
どこに立っているのか明らかにしていく営みに他ならないのです。

住職日々随想  
 母去りて
 はじめて親の恩を知り
 母去りて
 いのちの重さを知り
 母去りて
 身の無力を知り
 母去りて
 はじめて人間を知る
 尊きは
 去りてはじめて
 母となりしひと
 藤元正樹(再録)

 去る七月二日、安泉寺前坊守、猪甘美枝子
法名 浄華院釋尼美縁が数え九十三歳にて往生致しました。
ここに生前のご厚誼に対し、書面をお借り致しまして、
厚く御礼申し上げます。
 晩年は認知症を患いグループホームにて、夢うつつの中に
いるような日々を過ごしておりましたが、その生涯を
振り返ってみますと、戦後の復興から、高度経済成長の
右肩上がりの時代を経て、亡くなるまで大病も無く、九人の孫
やひ孫にも恵まれ、子の立場から見ても幸せな人生であったと思えました。
 故、小玉暁洋師が「人間は真実したい事をし、なりたい者になる為なら、
何をしても許されるのだ。」と仰っていましたが、母を見ていると、
なるほどと頷かされることが多々ありましたし、どなたにも
迷惑を掛けずに生きる事など、誰にも出来はしないと思い至れば、
もう少し気ままに生きてもいいのかな、自分を解き放っても許される
のかなと、教えられた気が致します。
 もちろん短所もありましたが、基本的に自分の気持ちに
素直な人であったと思います。
 と、様々批評は出来るのでしょうが、私にとって母とは
いかなる存在であったのか、まさに私の思いに先立って、
存在は既にして在った。
 その事は何度も問い直さなければならないものでしょうし、
その事実の重みは、日を追うごとに深みを増して感じられる
ようになりました。
 まさに去りてはじめて母と出会い直している、そう思われることです。
 
坊守便り ー前坊守還浄ー
 先月七月二日に前坊守、猪甘美枝子
が満91歳8ヶ月で還浄いたしました。
 二十歳で安泉寺に嫁いで来て、七十年の月日を前住職と共に、
お寺の運営に携わって下さいました。
 前坊守の人生の思春期の頃は太平洋戦争の為、軍需工場の
仕事に毎日駆り出され、彩りのない時代であったとお聞きしました。
 終戦後、師範学校で学び、小学校の教員を経て安泉寺に嫁がれました。
当時の猪飼野は地方から人が集まり住宅が増え、門徒さんの数も多く、
役僧さんが数人、お手伝いの女性の方も数人おられ、慌ただしい生活
であったようです。
 そんな中、姉三人と末っ子でありました現住職の四人の子育て
をしてこられました。
 子供達が巣立ってからは、民生委員として地域のお手伝いをし、
南御堂の坊守会長も二期務められました。
 また、戦争により楽しみのなかった青春時代を取り戻すように、
日本舞踊に打ち込んでおられました。
 ここ数年は深い認知症を患い、自身の足で歩行できず、
言葉も忘れていましたが、最後まで耳は聞こえていたようでした。
 コロナ禍ではありましたが、様子を見に訪ね、かける言葉に
「あー、あー」と返してくれていました。最期は深い眠りにつき
静かにお浄土へと旅立たれました。
 十六代目住職を支える坊守としてしっかりと務めをはたし、
次へのバトンをつないでいかれました。ご苦労様でした。
ありがとうございました。

八月の行事
1 日(日)午後1時〜おみがき清掃ご奉仕
5 日(木)午前10時半〜ピラティス
      午後2時〜仏教民謡踊りの会
 盂蘭盆会法要
14日(土)午後1 時・3 時・7時半
15日(日)午前10時・1時 (計5座)
26日(木)午前10時半〜ピラティス

九月の行事
16日(木)午前10時半〜ピラティス
 秋季彼岸会永代経法要
18日(土)午後2時・午後6時
  ご講師 即応寺 藤井善隆師
30日(木)午前10時半〜ピラティス
午後2 時〜仏教民謡踊りの会
*諸行事はコロナウイルスの感染拡大等の状況により
 変更する場合がございます。
*ご来院の折りはマスク着用等五経録お願い申し上げます。
 










































































































































































posted by ansenji at 09:19| Comment(0) | 法悦

2021年06月25日

2021年7月

法 悦 7月号 850号
 

 米を育てるなら

 一年先を見よ

 木を育てるなら

 数十年先を見よ

 人を育てるなら

 百年先を見よ

  漢学者 広瀬淡窓

青色青光  私たちは猿ではない!
 古代中国、宋の国に狙(そ)公と呼ばれる猿使いがおりました。
多くの猿を大切に養い、意思の疎通すら出来ていましたが、貧乏になって
しまった為、猿たちの餌のドングリを減らそうとしました。
「朝に三個、夕方に四個で足りるか」と猿たちに尋ねたところ、みな激怒
しました。
そこで「ならば朝に四個、夕方に三個で良いか?」と尋ねると、どの猿も
大喜びしました。
 目の前の利得のみにに囚われて、物事の本質を見ない愚を戒める寓話ですが、
何か私たちの姿に重なって見えないでしょうか。
 この世界中がコロナ禍に苦しみ、開催すれば、感染爆発につながるのでは
ないか危惧される中、オリンピック、パラリンピックが強行されようとして
います。
 予選すらまともに行えない国々をよそに、日本選手のメダルラッシュが期待
されているようですが、そういった祝祭的な狂騒の内、五輪憲章の心すら
置き去りにされる、というようなことのないように願うばかりです。

住職日々随想  葬儀不要論?
 ここ数年、葬儀法#事等の有り様が大きく様変わりしてまいりました。
そのような中、いわゆる葬儀不要論や、仏事儀式の無意味論が語られるように
なってきました。
 核家族化が究極まで進み、1人だけの「家族」が全世帯の四割近くを占める
ようになってしまった現代社会、いきおい、葬儀や仏事法事などがその存在
意義を問われることになったのも、至極当然のことかもしれません。
 その昔、いわゆる村落共同体の中で排除されることを村八分などと言って
おりました。
日頃の付き合いは一切せず共同作業も参加させないという非常に厳しい仕打ち
ではありますが、その中にも、八分の付き合いはしないが、二分の付き合い
だけはすると言う不文律がありました。
 二分の付き合いとは何かと言うと、火事と葬儀の時だけは駆けつけて協力
するよ、と言うことで、まさにこれが共同体を支える、最後のセーフティーネット
であったわけです。
 近年上記のような葬儀不要論などが表明されるようになってきた事は、まさに
共同体が完全崩壊に至る道を歩み始めた証左、とは言えないでしょうか?
 私事ですが、つい先日大学時代から親しくしていた友人が亡くなり、葬儀が
行われました。
その折、強く再認識させられた事は、葬儀は亡くなった方のためという事も、
もちろん有りますが、それよりもむしろ、亡くした者のためにこそあると強く
感じたことでした。
 葬儀を営むことで、大きな喪失感を一人だけで抱え込まず、悼む気持ちを
共にする者がいる事で、悲しむべき事実を事実として受け止めていく勇気と、
一つの区切りが与えられ、悲しみに囚われ続けることを、いささかでも避ける
事が出来ると期待できるのです。
 現代人の祖先と言われる原人たちの遺構や遺跡を発掘してみると、そこに
人骨の周りにおびただしい花などが手向けられたとおぼしき痕跡が有り、葬儀の
原型が見られるのです。
 いわば、今も変わらぬ人間としての証しが、弔う心には有るように思われて
ならないのです。

坊守便りーおみがき・大掃除ー
 安泉寺同朋会は発足以来、集って聞法をされる事のみならず、聞法道場であります
本堂の清掃奉仕にも、積極的に取り組んで来てくださいました。
 全国の寺院の友人から届くフェイスブックの写真にも、植木の伐採や草抜きに
ご門徒さんが一斉にご奉仕されている姿を見せて頂きます。まさに、住職、坊守と
同朋会、ご門徒の方々が二人三脚で維持に取り組む境内の管理だと感じさせて頂く
ことです。
 緊急事態宣言もようやく解除となり、先日、爽やかな風が本堂を吹き抜ける中、
お時間の取れる方々とおみがき大掃除をさせて頂きました。
 この日は午前中にピラティス教室、午後早々に民謡踊りの会がありその後
、清掃おみがきとなりました。金具磨きはだいぶ間があいていましたので今回は、
特殊な薬液で磨く手法を試してみました。
 清掃で清らかとなった本堂では、お荘厳の飾り金具もひと際ひかり輝く事と
なりました。
 お越しくださった皆様方とは、コロナ禍のためしばらくお会いしていません
でしたが、再会の喜びを交わし、久しぶりに賑やかな本堂となりました。
 あと数ヶ月で多くの方々がワクチンを打ち終えられる事と存じます。ご一緒に
聞法をし大切な行事も共に勤められます様、念じております。

七月の行事
 10日(土)午後2時〜祥月講・同朋の会
 15日(木)午前10時半〜ピラティス
 29日(木)午前10時半〜ピラティス
       午後2時〜仏教民謡踊りの会
八月の行事
 8 日(日)午後1時おみがき・清掃ご奉仕
 5 日(木)午前10時半〜ピラティス
 盂蘭盆会法要
 14日(土)午後1 時・3 時・7時半
 15日(日)午前10時・1 時(計5座)
 26日(木)午後2時〜仏教民謡踊りの会
posted by ansenji at 22:32| Comment(0) | 法悦

2021年06月05日

2021年6月

 法悦 6月号 849号
 
 世人、薄俗にして
 共に不急の事を諍う。
 この劇悪極苦の中において
 身の営務を勤めて、もって自ら給済す。
 尊もなく卑もなし。
 貧もなく富もなし。
 少長男女共に銭財(せんざい)を憂う。
 有無同然なり。憂思適(まさ)に等し。
 屏営愁苦して、念いを累ね慮りを積みて、
 心のために走(は)せ使いて、
 安き時あることなし。
 田あれば田を憂い
 宅あれば宅を憂う。
 田なければ
 また憂えて田あらんと欲い
 宅なければ
 また憂えて宅あらんと欲う。
    仏説無量寿経 下巻

青色青光
 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、
多くの都道府県での緊急事態宣言が再発され、
不要不急の外出は控えるよう呼びかけられています。
不要不急とは、急ぐべき事とは、何でしょう?
 お釈迦様は私たち凡夫の有り様を、目先の生活に汲々とし、
有れば有ったで、無ければ無いで「共に不急の事」を諍って、
真に急ぎ求めねばならぬものを求めず、むさぼり争い続ける
「安き時」あることのない生活だ、と明らかにしておられます。
 災害の絶え間のない日本、命の危機は常に隣り合わせにある
ことが、繰り返し露わになり、たびたび思い知らされますが、
私たち凡夫はすぐにその事実に目を背け、日頃の生活の中に忘却
していきます。
 明治の先覚、清沢満之師は弟子の「先生、死ぬ気になれば
何でも出来るもんですね。」の言葉に、即座に「死ぬ気にならずして
何が出来ますか。」と答えられたということです。
 いのちの問題が真にわが身の事実となったとき、
初めて、握りしめていたものを棄てきって、いのちいっぱい、
生ききる事が出来ると知らされるのです。

 住職日々随想  ー緊急事態宣言と緊急事態条項ー
 なかなか収束の見通しの立たない
このコロナ禍の中、国会において
憲法改正の手続きの一環として、いわゆる国民投票法(日本国憲法の
改正手続に関する法律)改正案が、連休明けに採決されました。
 こういう大事な法案がどさくさに紛れて、決められる事に不安を
覚えずにはおれません。
 緊急事態宣言が再発され、様々な制限が私たちの生活に加えられて
いますが、オリンピックパラリンピック開催にこだわるあまり、
医療体制の立て直しや、ワクチンの確保と接種の迅速化など、
本当に急ぐべきことが後手後手に回ってしまっている現状を、
憲法に「緊急事態条項」が無い不備のせいだと、意図的に問題を
すり替える意見も見られました。
 ずいぶん以前、ご本山で毎年夏休みに行われている「全国児童
夏の集い」という事業に、スタッフとして二十年程関わっていました。
 或る年、子供たちがもうすぐ全国から数百名やってくる、その
直前まで、思うように準備が進まず、スタッフの誰もがイライラし、
中には口論しだすものまで出てくる始末。
 そんな時、リーダーの方がすっくと立ち上がって「皆さん
時間がありません、時間がありませんから…ゆっくりいたしましょう!」
と獅子吼され、殺気立っていた空気が一瞬にして解け、誰もが我を取り
戻しました。
 その後、作業は速やかに進み、子供たちの受け入れ準備を間に合わせる
事が出来ました。
 本来、緊急を要する事態であればあるほど、拙速に進める事は、
厳に戒めなければなりません。殊に「緊急事態条項」には、立法権の
行政府への委任という、戦前の治安維持法やナチスの全権委任法にも通じる
ような、独裁を生みだす危険性が色濃く孕まれています。
 蓮如上人のお言葉に、仏法こそは後生の一大事、「仏法には明日と申す事、
あるまじく候う。仏法の事はいそげ、いそげ」と、それは誰もが生死無常の
世を生きる中、真に急がなければならないものは何なのか、まさにその事を
明らかに示して下さっているのです。

坊守便り ー安泉寺同朋会ー
 安泉寺には同朋の会がござい
ます。今から約六〇年前、当時の宗務総長であった訓覇信雄先生
が親鸞聖人の、み教を確かめ直し「いのち」の大切さと、真宗門徒が
共に御同朋・御同行と睦み合う同朋社会の実現を願い、各末寺に同朋の会
を結成することを提唱されました。
 この要請を勝縁として、宗祖親鸞聖人七〇〇回御遠忌を機に、当寺に
「安泉寺同朋の会」として正式に誕生し、同時に同朋の会会員をはじめと
するご門徒の皆様と共々に、親鸞聖人七〇〇回御遠忌を厳修致しました。
 当時の記録写真を見ますと、山門前に受け付けを設け、背広姿で並んで
座る役員の方々、正装の上から割烹着を着けて立ち働く女性部の皆さんの
姿があり、ボーイスカウト・ガールスカウトの子供達も参加していました。
 それ以降、安泉寺同朋の会を中心として、毎月の定例聞法会、春・秋の
彼岸会永代経盂蘭盆会、報恩講等を協力して勤めています。
 また、新年会・バス旅行などでは共に楽しく親睦を深めています。
時は流れ、世代交代しながらも、変わらぬ皆様のご協力に感謝の思いを
深めております。 

*同朋の会はこの度、役員交代致しました。新役員は会長に三木幸男様、
副会長に稲垣信夫様、会計に貝増克之様、会計監査に竹中公彦様・
大橋了巳様です。どうぞ宜しくお願致します。又、梅谷晴男様をはじめ
、旧役員の皆様、ご尽力誠に有り難うございました。

六月の行事
24日(木)午前10時半〜ピラティス
      午後2時〜仏教民謡踊りの会
七月の行事
10日(土)午後2時〜祥月講・同朋の会
15日(木)午前10時半〜ピラティス
29日(木)午前10時半〜ピラティス
      午後2時〜仏教民謡踊りの会
*6月の同朋の会は中止致します。7月につきましては改めてご案内致します。
posted by ansenji at 23:56| Comment(1) | 法悦